グラスゴーとロンドンでのライブ/Counterflows Festival, Cafe Oto

2014年9月にメールがきた。

2015年4月にグラスゴーで開催されるCounterflows Festivalへの誘いだった。

また、ロンドンのCafe Otoでのライブも含まれるとのことだった。

といわけで、この2回のライブと少しの観光のため、2日から7日の間イギリスへ行った。

行きの機内

4月2日。

飛行機は羽田発ヒースロ行き、British AirwaysとJALのコードシェア便。

機体はボーイング777。

機内食が美味しかった。

映画はバードマンとゴーンガールを観た。

ヒースローで小型機に乗り換えてグラスゴーへ。

夜に到着してサンドウイッチを食べて寝た。

グラスゴーのホテル Novotel

グラスゴーでの宿はNovotel、綺麗で清潔、部屋も広かった。

ホテルの向かい向かい教会

ホテルの向かいの教会。

Novotel近くのグラスゴーの街並み

Novotel近くのグラスゴーの街並み

ホテル近くのグラスゴーの街並み。

カモメの鳴き声が終日聴こえた。

 

4月3日。

サウンドチェックの前に街の東側を散歩した。

グラスゴー大聖堂

グラスゴー大聖堂。

グラスゴー大聖堂裏の墓地

グラスゴー大聖堂裏の墓地。

GARNETHILL MULTICULTURAL CENTRE

グラスゴーでのライブ会場、GARNETHILL MULTICULTURAL CENTRE。

ここはおそらく、公民館?地域センター?のような文化施設だと思う。

GARNETHILL MULTICULTURAL CENTREの2階

ここにPAと照明を組む。

天井が高くて、古くて、いい建物だった。

GARNETHILL MULTICULTURAL CENTREでのサウンドチェック

サウンドチェックの時。

この日、この会場ではANGHARAD DAVIES、HISATO HIGUCHI、DANIEL CARTERの3組が演奏した。

サウンドチェックでアンプの不調があり、本番までに交換することになった。

気のいいスタッフが、何本飲んでもタダのビールを持ってきてくれた。

グラスゴーのCCA

サウンドチェック後、RICHARD YOUNGSのライブを観るため、別会場のCCA(Centre for Contemporary Arts)へ。

ヤングス氏はフェスティバルの3日間を通して演奏すると聞いていたので、とても楽しみにしていた。

1日目はヤングス氏のスコアを4人の声楽家が演奏するもの。

本人の挨拶後、30分弱の演奏が行なわれた。

大雑把に言うと、彼の多重録音のボーカル作品を現代音楽にした感じであった。

その後、再びGARNETHILL MULTICULTURAL CENTREへ戻ると、ANGHARAD DAVIESの演奏が始まるところだった。

アンプリファイドしたヴァイオリンを複数のアンプから出力する、ドローンベースの即興演奏。

立ち姿が美しい方だった。

もう少しPAは抑えた方がいいかなと思った。

自分の感覚では、PAで大きく増幅されすぎた音はレンジが狭く感じる事が多い。

余裕を持ったせて小さくした方が好きだ。

次が自分。

アンプの変更で機種が変わり音量とバランスが変わった。

出だしはギターの音が大きすぎてバランスが悪かった。

演奏しながら調整していった。

中盤あたりに集中のピークがあり、最後は少し流れてしまったような気がする。

観客はおおよそ100人くらいだと思う。

Higuchi at GARNETHILL MULTICULTURAL CENTRE pic

客席には椅子なし、寝転がってる人もいた。

最後にDANIEL CARTER。

ちょうどいい按配というか、案外珍しいというか、ダイナミックスの感じがいそうでいないというか。

伸び伸びたしたフリーのとてもいい演奏だった。

 

4月4日。

ヤングス氏のライブを観に&散歩で街の西側へ。

共演したDJの音量は少し大きすぎたけれど。

 

グラスゴーの古い建物と店舗

グラスゴーの古い建物と店舗

古い建物の1階に(イギリス風に言うとグランドフロア?)店舗が入っている。

グラスゴーのTHE 78

ライブ会場のTHE78はビーガン・レストラン・カフェ・バー。

正午から始まった。

この日は、ヤングス氏と2人の息子、それにandrew paineのバンド「THE FLEXIBLES」として演奏した。

小さな息子Sorley Youngsが可愛くて、自分の頬は緩みっぱなしだったと思う。

ヤングス氏がリズムボックス。

小さな息子がボーカルとギター。

ギターには深くエフェクトがかかっていて、開放弦をじゃらんと弾くだけで良いようにセッティングされていた。

大きな息子さんがチェロ。

これもエコーがかかってたかな。

andrew paineがベース。

彼は真面目な感じの美男子でクールな佇まいをしていた。

チェロとベースが土台となっているので、ヤングス氏と小さな息子が不規則な演奏してもフリーな感じにはならず、曲としてのまとまりを保っていた。

ストレンジポップスというのもなんか違う。

もう少し奇妙で可愛いものだった。

このタイミング(息子さんの年齢的に)にしか出来ない演奏だと思う、とても貴重だし、演奏自体とても良かった。

そう言えばライブの前、サッカーボールを抱えたヤングス氏と子供達が会場に駆け込んでいくところを目撃した。

そんな関係性が現れているような演奏だった。

ライブの後、物販コーナでTHE FLEXIBLESの7インチ(Sorleyのサイン入り)を購入し、恥ずかしながらヤングス氏にもサインを入れてもらった。

7インチは3£だった。

安さに驚き、翌日の自分の物販を値下げした。

幸せな気分のまま近くのケルビングローブ美術館・博物館へ行き、食堂でフィッシュ&チップスとサラダを食べた。

ダリの「十字架の聖ヨハネのキリスト」があった。

西側は静かでいい雰囲気の街だった。

ケルビングローブ公園

ケルビングローブ公園

ケルビングローブ公園。

遠くに見えるのは大学内の教会で、Evan Parkerのライブが行われた。

この日の夜、Neil Michael Hagertyのライブもあったのだが、諸事情で行けなかった。

 

4月5日。

ホテルで朝食をとった後、グラスゴー・クイーンズ・ストリート駅へ。

ナショナル・レールのローカル線でエジンバラへ。

エジンバラでロンドン行の特急?に乗り換えロンドンへ。

車窓から見える風景は牧場が多くのどかだった。

馬よりも羊が多かった。

隣の4人がけボックス席には、中年男性2人組と男女のカップルが相席していたのだが、話がやけに盛り上がっていて、最終的には連絡先まで交換していた。

自分には到底出来ない事だ。

ふたつ前の席には若い男女のカップルが座っていた。

女の子が下世話そうなゴシップ雑誌を見て何度も大笑いしていた。

途中、ニューキャッスルに停車した。

以前来たことがある街で、見覚えのある建物も見れて嬉しかった。

それは2007年で、Music Lovers’ Field Companionというフェスだった。

Sage Gatesheadという銀色の建物で、ライブ会場だった。

ロンドンまで約5時間、本でも読むつもりだったが風景を見ていたらあっという間に、終点のキングス・クロス駅に着いてしまった。

そこから、ライブ会場のCafe Otoと宿泊先の最寄り駅ダルストン・ジャンクションへは、まず地下鉄ヴィクトリア線でハイベリー&イズリントン駅まで行き、オーバーグラウンド(地上を走る電車)に乗り換えて二駅、というのは事前に調べていたのだが、その日は電気系統の故障で一帯のオーバーグラウンドが止まっていた。

仕方なく、ハイベリー&イズリントンまで行き、そこからはタクシーを使った。

日本では数年に1度乗るかどうかのタクシーを、この旅では何度か使った。

タクシーというものは、とても楽に移動が出来る。

宿泊先に荷物を置き急いで会場へ。

Cafe Otoの入り口

Cafe Otoの入り口。

会場に着くと、もうひとりの出演者JON COLLINがサウンドチェックをしていた。

アコースティック・ギターをギター・アンプに繋ぎ、バーなども使ったプリペアドな演奏をしていた。

本番ではメロディーも感じさせる演奏をしていた。

繊細で良い演奏だった。

彼はOtomeyama BottomsのLPも買ってくれた。

サウンドチェックと本番の間にデリバリーのカレーを食べた。

デリバリーのカレー

とても美味しかったデリバリーのカレー。

細長い米。

higuchi at cafe oto

この日は9曲か10曲演奏したと思う。

声はまあまあ出ていた。

近頃は少しだけ張った声を混ぜている。

ライブでは特に抜けが欲しくてそうしている。

同じような理由でギターはアンプに直結している。

抜け?というか、適切な言葉が分からないので心の中でそう言っているだけだが、つまり、よく使われる意味での抜けとは違うと思うのだけれど。

歌の合間や後に弾くギターソロは、ここ数年やっている無伴奏の単音弾きで、キーのスケールを使うが弾き続けているとコードの連なりからは離れていく。

次第に散らばっていき、バラバラになる前に戻る。

最近作ったCDR「Phantom EP Series Vol.3」や、今録音中のアルバムでも少しやっている。

終演後ビールを飲みながら知人と話した。

ロンドン在住のバンド「Bo Ningen」のYuki氏とKohhei氏も来てくれた。

雰囲気が良くて、とてもいい時間だった。

夜も更けて宿泊先へ帰る途中、野ギツネに出会った。

猫よりは大きな白っぽい身体で、それと帰る方向が同じだったので、並走するような形でしばらく歩いた。

宿泊先の手前で、向かいの家のガレージ奥へと消えていった。

 

4月6日。

ライブも終わり休息日。

Luxury Innがある通り

狐と歩いた通り。

Luxury Innの向かい

狐はこの白い家と茶色の塀の間に消えていった。

ロンドンのLuxury Inn

宿泊先のLuxury Inn。

 

昼前に出て、電車を乗り継ぎウォータールー駅、そこからブラブラと歩いてテート・モダンへ。

展示ではGeta Bratescuという人の刺繍の連作が気に入った。

観た瞬間ハッとして、気持ちがあがった。

その後、観光客でごった返すミレニアム・ブリッジを渡り、セントポール寺院を抜けて、セント・ポールズ駅へ。

そこからホルボーン駅まで行き、ピカデリー線に乗り換えマナー・ハウス駅へ。

マナー・ハウスの街はトルコ人が多く住む移民街でもあり、通りの両端にトルコ料理屋や食料品店が並んでいた。

自分にとっていは異国の中の異国という感じで印象深い。

大きな公園もあった。

夕食は知人の家でいただいた。

とても美味しい料理と手作りのケーキでもてなして頂き感激した。

この方には色々と良くしてもらって大変感謝している。

猫がいる良い家だった。

帰りはバスを使った。

オイスター・カードという日本のスイカのようなものを買っていたのですんなり乗れた。

せっかくなので2階に座った。

夜の車中の雰囲気や車窓の眺めが面白かった。

ベタな観光地よりもこういった移動や何気ない行動の方が印象に残っている。

 

4月7日。

ラッセル・スクエア、ピカデリー・サーカスなどに行った。

ラッセル・スクエア駅の看板

ラッセル・スクエア駅の看板。

この駅は地中深く、階段だと175段ある。

ラッセル・スクエアでは思わず面白い場所にも行くことが出来た。

夕方、ヒースロー空港へは地下鉄のピカデリー線を使った。

終。

普段はあまり人と会わず、タクシーにも乗らず、貧乏な下衆ですが、いい日々が過ごせました。

 

hisato higuchi at cafe oto pic by alan cummings

at cafe oto pic by alan cummings

hisato higuchi at cafe oto pic by alan cummings

at cafe oto pic by alan cummings

血盟団事件

 一章は井上日召の少年期、自暴自棄でもあった青年期、信仰・神秘体験(神がかり)を経て、茨城県大洗に流れ着き自らの手で国家改造を行う決意をするまで。

 二章は井上のもとに集まった地元農村の青年たちが感化され、命を捨てる覚悟で革命を目指し集団化するまで。

 と、ここまではスラスラと読み進めていたのだけど、場所を東京に移しエリート学生、陸軍・海軍の若者達、大物思想家等が登場する三章あたりからスピードが落ちて、ゆるゆると読んでいたら、ISIL(イスラム国)による日本人ジャーナリスト人質事件が表面化した。またそれに対する政府の対応や報道のあり方が議論になっていった。

 この本でも若干言及されているが、近頃の世相は戦前のそれに似ていると言われることがある。そっくりとまでは言えないとしても、たしかに10年前よりは相当似ており、さらに5年前と比べても近づきつつあるのは確かだと思う。現世社会への嫌悪と自らの命を惜しまぬ正義感が結びつく時、いつ何時再びこの国でも起こりえる、と実感を持って想像することができる。

 

 三章、四章は事件の全容を描くために登場人物が増えて若干散漫な印象を受けたが、後の 五・一五事件への連なりが明らかになっている。
 事件以後はあとがきにある程度で記述が少く、欲を言えばその先も読みたかった。

 

血盟団事件
中島岳志 著

ページ数 400ページ
判型・造本・装丁 四六判 上製 上製カバー装
初版奥付日 2013年08月10日
ISBN 978-4-16-376550-1
Cコード 0095
http://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784163765501

「血盟団事件」は、日本史の教科書に出てくるほどの大事件でありながら、これまで五・一五事件や二・二六事件の様には取り上げられてはきませんでした。しかし、著者の中島氏はこの事件の中にこそ当時の若者たちが抱えた苦悩が隠されているのではないかと考えました。残された供述調書や回想録を精査する中で浮かび上がってきたのは、 格差問題や就職難、ワーキングプア、社会からの孤立感など現代の若者にも通底する悩みの数々でした。

資料を読むだけではなく中島氏は数々の「現場」を歩くことで、本書に厚みを加えます。事件現場となった東京・三井銀行本館をはじめ、茨城・大洗、群馬・川場、鹿児島、そして旧満洲の遼陽まで――足跡をたどる旅は、海外まで広がりました。

事件の鍵となる人物の周辺取材では、井上涼子氏(井上日召娘)、團紀彦氏(團琢磨曾孫)、中曽根康弘元首相(四元義隆と親交があった)へのインタビューを行ないました。また元血盟団のメンバー川崎長光氏に話を聞くこともできました。

海軍士官、エリート帝大生、定職に就けない若者など交わることのないはずだった人々が、カリスマ宗教家の井上日召と出会い凶行に走る――。
事件後八十年を経てその真相に迫ったノンフィクションです。

天使エスメラルダ/The Angel Esmeralda

  「天使エスメラルダ」は、アメリカの作家ドン・デリーロが1994年に発表した短編小説。

 修道女のエドガーとグレイシーは荒廃したスラム街で、孤児の少女エスメラルダと出会い保護を試みるが、少女は警戒心が強く野良猫のように走り去ってしまう。

 街を仕切る若者グループの一団は、子供が命を落とす度、廃ビルの壁に天使のグラフィティを描き、その短い命の証しを残し続けている。

 話しが数ページ進むと、案の定、壁には天使エスメラルダが描かれ、尼僧達は無力さを痛感し世界の無慈悲を嘆く。

 少女の死後、ある超自然現象(シミュラクラ現象)についての噂が広がり、日々、高速道路と列車の鉄橋が並ぶ街の外れに人々が集まり始める。

 その場所へ向かおうとする年老いた尼僧エドガーに対し、普段着姿の若いグレイシーは「こういうのは貧しい人々のためのものなんです。私たちはそういう枠組みで見ないと。貧しい人たちには幻視が必要なんです」と言い強く止める。
 エドガーは「貧しい人たちって言ったわね。でも、貧しい人たち以外の誰の前に聖人が姿を現すかしら?銀行頭取の前に聖人や天使が現れる?」と反論する。
 グレイシーはなおも「イメージに向かって祈らないでください。祈るのはは聖人に向かってです」と釘を刺すが、エドガーは他の若い修道女と連れ立って現場へ向かい、群衆に紛れて奇跡の出現を待った。

 「貧しさ」に限定しているのは、主題を明確にするためだろう。金持ちであっても、死に瀕した重病人や長年難病に苦しむ人々であれば、手の空いた聖人か、見習いの天使くらいなら姿を見せるはずだから‥。

 奇跡が表出するのは高速道路上の広告掲示板、オレンジジュース(ミニッツメイド)のポスター、正面から走ってくる列車のヘッドライトがそれに当たる数秒の間。資本主義経済の象徴的イメージが光の変化で奇跡を現す仕掛けだ。

 中央分離帯に集まる貧しき群衆に混じり、奇跡を見上げる修道衣姿の年老いた尼僧。「昔の広告の上に新しい広告を貼ったものだから、上の広告に強い光を当てると、昔の広告が浮かびだす」とグレイシーなら言うだろう‥エドガーはそんな風に思いつつも、畏れ、恍惚状態の周囲に溶け混むような一体感を得る。

 騒ぎはさらに広がり、それから3日後に終わる。広告は剥がされ真っ白になる。

 エドガーと読者にはイメージが残る。忘れるまでは。

 

天使エスメラルダ
ドン・デリーロ著
訳 柴田元幸、上岡伸雄、都甲幸治、高吉一郎

判型 : 四六判
頁数 : 286ページ
ISBN : 978-4-10-541806-9
発売日 : 2013/05/31
http://www.shinchosha.co.jp/book/541806/

九つの短篇から見えてくる、現代アメリカ文学の巨匠のまったく新しい作品世界。

島から出られないリゾート客。スラム街の少女と修道女。第三次世界大戦に携わる宇宙飛行士。娘たちのテレビ出演を塀の中から見守る囚人。大地震の余震に脅える音楽教師――。様々な現実を生きるアメリカ人たちの姿が、私たちの生の形をも浮き彫りにする。三十年以上にわたるキャリアを一望する、短篇ベスト・セレクション。

天使エスメラルダ―9つの物語―

さわり – 天才琵琶師「鶴田錦史」その数奇な人生/biography: Kinshi Tsuruta

 琵琶の演奏家、作曲家、鶴田錦史の83年の生涯を、関係者への取材、資料を元に綴った伝記。駆け足ではあるが、琵琶師として、母として、実業家としてと、対象に対して様々な角度からそれぞれ証言をとることで、人物像を浮き彫りにしている。

http://www.youtube.com/watch?v=3SakbvBWWBQ
琵琶:鶴田錦史

 この動画は以前観たことがあったが、疑うこと無く男性だと思っていた。服装、髪型が性別に及ぼす影響の大きさを改めて感じた。

 

さわり -天才琵琶師「鶴田錦史」その数奇な人生-
佐宮圭 著

定価:本体1,600円+税
発売日:2011/11/02
判型/頁:4-6/276頁
ISBN:9784093882156
http://www.shogakukan.co.jp/books/detail/_isbn_9784093882156

日本が誇る不世出の男装の天才琵琶師が蘇る
2010年、第17回小学館ノンフィクション大賞優秀賞受賞作品。昭和42年、ニューヨーク・フィルハーモニー交響楽団創立125年記念公演で、小澤征爾らとともに、武満徹作曲の名曲『ノヴェンバー・ステップス』を琵琶のソリストとして演奏。その高い音楽性は世界的に評価されたものの、日本ではほとんど知られていない不世出の女流琵琶師・鶴田錦史の数奇な人生を綴ったノンフィクション。音楽家としての顔だけでなく、ナイトクラブの経営などで成功した実業家としての顔を持ち、大正、昭和、平成を駆け抜けていく人生は波瀾万丈そのもの。そのなかで、女として愛に破れ、子供を捨て、男装して生きるという謎に満ちた鶴田の生涯を、10年以上にわたって取材を続けた著者が丹念に描く。

http://en.wikipedia.org/wiki/Kinshi_Tsuruta

http://www.youtube.com/watch?v=3SakbvBWWBQ

MRI、ジャズマスター/MRI, Jazzmaster

 先日、レントゲンに黒い影が見つかりCT検査を受けた。結果、腫瘍の疑いがあったため、改めて別日にMRIへ入ることになった。結局、静止性空洞という奇妙な症状で、治療の必要もなく病気ではなかったのだが、貧乏人にとっては高額の検査費用を払うはめになった。
 腫瘍だった場合やや大きな手術が必要と言われていたため、数日暗い気持ちでいたが、MRI検査の当日はせめて楽しもうと思い、多少ワクワクもしていたのだが、筒状の検査機器に入ってすぐ、激しい動悸と異常な発汗、動きたい外に出たいという抑えがたい欲求でパニックを起こしてしまった。産まれてこの方この年になるまで、自分が閉所恐怖症だとは気付かなかった。
 なんとか数十分間耐え検査を終えることは出来たが、機器から出た時には肉体的にも精神的にも疲れきっていた。出来ればもうMRIには入りたくない。耐え難い時間だった。

 2月8日は、久しぶりに高円寺円盤でのライブだった。当日は大雪だった。スニーカーしか持っていないので、防水のため靴の上にレジ袋を履いて家を出たのだが、いざ歩き道行く人とすれ違うと、案外恥ずかしかった。
 ここ数年ストラトキャスターを使っていたのだが、リヴァーブや揺れ系のペダルを使わず、クリーントーンでコードを刻む曲とあわないので、近頃はジャズマスターに持ち変えることが多くなっている。問題は重量が重いこと、専用のケース、ソフトケースを持っていないこと。傘とギターで両手がふさがること。

成田/narita

 成田 – 成田宗弘

 High Rise、凶悪のインテンション、Green Flamesのギタリスト成田宗弘氏が2005年に発表したギターアルバム。トラック1と3がギターソロ、2と4はテニスコーツの植野隆司氏とのデュオ。

 澄んだ空気の中、静と動が混在する独創的な演奏。

 冒頭、低い唸り声のような旋律が幾つか続いた後、空間を切り裂くように歪みきったギターが炸裂する。唸りはファズを伴ったものに変わり、ワウを踏み込むと叫びのようになる。ロングトーンから早弾きへ。ペダルで音色を変えながら、緩急自在に紡がれる旋律。バンドならばドラムとベースがクッションになるが、無伴奏でのソロでは剥き出しとなる。音の塊がゴツゴツと耳にあたるような瞬間もある。

 植野氏とのデュオでは間合いをはかるような、音を置くような、居合のような静かな演奏。ソロよりもスケールはフリーになるが激しくはならない。こういう演奏ももっと聴きたい。録音もとても良い。

 そう言えば以前、Lの臼井氏とのデュオを高円寺で聴いたが、あの日の演奏も素晴らしかった。ドラムがギターを包み込むのか、ギターがドラムに寄り添うのか、ともかく、音数が増えてもどこか静けさを感じさせる独特なものだった。

 

成田/成田宗弘
成田/成田宗弘

http://www.psfmm.com/product/10543

PSF ; アンダーグラウンド数々のギタリストの中でも1−2を争うHigh Riseのギタリスト成田宗弘初のソロ・アルバム。ゲストにマヘル・シャラル・ハシュ・バズ、テニスコーツのギタリスト植野隆司を迎えての自信作!ギターでの可能性を探求する成田の即興演奏はロックもジャズもアヴァンギャルドも超えて、独自の音楽の地平に佇んでいる。発売前から、海外のディストリビューターより問い合わせが多く、特にこのアルバムは国内より海外で期待されているようだ。

異界ドキュメント 白昼の魔/document of spirit world

暗い夜道で思い出したくない、ぞっとするようなイメージが…

異界ドキュメント 白昼の魔
著者名:高橋ヨシキ
発売日:2013年01月29日
ISBNコード:9784812492857
http://kyofu.takeshobo.co.jp/detail/shohin/6220101

幽霊は存在しない。狂人と遭遇するのは確率の問題。ネットやテレビで垂れ流される都市伝説を喜ぶのは中学校で卒業だ。いまや多くの怪談・奇談は恐怖の本質から目をそらしている。真の禍々しき怪異は我々の想像を絶する形で進行している!
交通事故から生還した男を襲う理不尽な出来事「顔が違う」、地方のファストフード店に現れた異形の少年「叫び」、突然訪ねてきた自分と瓜二つの顔を持つ女「馬鹿」、山奥の巨大工場で稼動する謎の機械「ピストン」、高度経済成長の時代に起こった異様な宗教儀式を追った「イシガミ」……衝撃の犯罪映画『冷たい熱帯魚』で国際的な評価を獲った気鋭のシナリオ・ライターが夜の繁華街から地方の病院までを訪ね歩いて蒐集したショック実話集!

グラース・サーガ/Glass family

 サリンジャーは1965年に出版した『ハプワース16、1924』を最後に、2010年に亡くなるまでの45年間、作品を発表していない。しかし、執筆は続けていて自宅の金庫には相当数の原稿が保管してあり、死後発表されるという噂はちらほらあった。そして以下の記事によると、2015年〜2020年の間に5つの作品が出版されるとのこと。

サリンジャー新作5作品が “遺言により” 出版へ

 『The Complete Chronicle of the Glass Family (グラース家の全歴史)』
 彼の作品ではお馴染み、グラース家のシーモアに関する5つの短編集

 『ハプワース16、1924』は、グラース家の長兄シーモア・グラスが7歳の時に書いたという設定の日記体小説。
 シーモア・グラスは『ナイン・ストーリーズ』に収められた短編、『バナナフィッシュにうってつけの日』の主人公でもある。この話がグラース・サーガーの始まりで、以降7人の兄弟姉妹を主人公に幾つかの作品が書かれた。
 彼等は所謂天才少年・少女で、ラジオ番組「これは神童」に代わる代わる出演するほどでもある。ゆえに少年シーモアの日記も子供のものとは思えない、大人びた内容になっている。また輪廻転生を語り、前世の記憶さえ匂わせている。

 グラース・サーガは始めから構想されていたものではなく、その都度書き連ねたものであるがゆえに、はじまりの話『バナナフィッシュにうってつけの日』でのシーモアの死を納得のいく形で回収すること無く途切れた。
 失敗とも言える中断のまま作家は隠居し、50年近くが過ぎた後に新たな物語が発表されるなど、話が出来すぎていて、その自意識に呆れつつも(ゆえに)、読める日が待ち遠しい。

ルー・リード/Lou Reed

 ルー・リードが亡くなって3週間、あーでもないこーでもないと考えているのは、一番好きなアルバムはどれだろう…ってこと。どうでもいいことなのに、バイトの行き帰りなどには間違いなくつらつらと考えてしまうので、そろそろ決着をつけたいと思う。

 1. エクスタシー

 2. マジック・アンド・ロス

 3. ブルー・マスク

 曲や歌もだけど、ルー・リードのギターがよく鳴ってるのがいい。

 ベルベッツなら、ホワイト・ライト/ホワイト・ヒート。