dublabでミックスが放送されます

私が制作したミックスがロサンゼルスを拠点とするインターネットラジオ局 dublabで放送されます。

dublab / cherry custard — Mix by Hisato Higuchi
https://www.dublab.com/schedule/7hr83lhd1a7vrn90vm14jg9bjg_20260727T160000Z/christeeeene-w-hisato-higuchicherry-custard:-hisato-higuchi

放送は、

日本時間
2026年7月28日(火)
1:00 AM – 2:00 AM (JST)

ロサンゼルス時間
2026年7月27日(月)
9:00 AM – 10:00 AM (PDT)

です。

dublabは1999年に設立された、ロサンゼルス発のコミュニティ支援型インターネットラジオ局/クリエイティブ・コレクティブです。

今回、christeeeeneさんがホストを務める番組「cherry custard」に、ミックス制作者として声をかけていただきました。

このミックスは、日本のユニークでアンダーグラウンドなミュージシャンの、現在インターネット上では聴くことが難しい曲を選びました。

ページで使用されている写真(Photo: Anders Edström)は、このミックスの内容に合わせてchristeeeeneさんが選んだものです。

以下が今回のミックスのリストです。

細胞文学 — ふと
Pagtas — yellow
平野剛 — Night Vision
朝生愛 — ランド
フジワラサトシ — Pale
手水 — ハイコウにて
梅田哲也 — 教室4
Reizen — 前唱者
ソルジャーガレージ — レインカーネーション
成田宗弘 — PT-950
bikke+近藤達郎 — 川辺で
さかな — lost words

Saibou Bungaku – Futo – Saibou Bungaku (Eimosez Records) (2006)
Pagtas – Yellow – Tokenai (TOREO) (2004)
Go Hirano – Night Vision – Reflection Of Dreams (P.S.F. Records) (1995)
Ai Aso – Land – Aida (P.S.F. Records) (2009)
Satoshi Fujiwara – Pale – Yoru ni Umareru (Choujuuchuugyo) (2010)
Chouzu – Haiko ni te – Chouzu (Rev-Node Records) (2005)
Tetsuya Umeda – Classroom #4 – Shirotama (Tontuu Record) (2009)
Reizen – Senshousha – Untitled (P.S.F. Records) (2012)
Soldier Garage – Reincarnation – Reincarnation (SGR) (2020)
Narita Munehiro – PT-950 – Narita (P.S.F. Records) (2005)
Bikke + Tatsuo Kondo – Kawabe de – 1992 (galabox disx) (2017)
Sakana – Lost Words – Le Rayon (SSE Communications) (1994)

携帯遺産

携帯遺産
鈴木 結生 著
発売日:2025年6月6日
四六判上製  208ページ
https://publications.asahi.com/product/25379.html

冒頭、“ラブ” はloueと書かれていて、loveと書かない理由が2つ提示されている。また愛と書かない理由も‥loueと書くために注意が払われていて、読者に不要な違和感を与えないようにしている。そんな調子で細部まで目を配った上で要素を結びつけている。姉の名前が愛なのはloueと書くためだろう、と思う。

最後のページの後のページを見つけて驚いた!曖昧な理解がたくさんあったと気付いた。というのも仕方なくて、一度目は本ではなくオーディブルで聞いたのです。それ(後のページ)は省略されていたし、章ごとの冒頭の絵も当然無く、賽子の目も。だから二度目、単行本で読んだ時は声が出ました!おー!そしてすごく納得!

ページはThe New England Primer・双六の時間で進むけど、平面ではなくて立体的に、それこそPrayer nutのように‥折り畳めば向かい合うように、そして感情も動かして‥というような、そういう丁寧な姿勢が仄かに温かい文章になっていて‥単にパズルというわけではなく‥素晴らしい小説でした。

知的参照の多い話題に、自分の文学的素養では追い付けないがゆえに、読書中は都度何度も調べながら読んでそれも面白かった。 この本は他の本も好きになるように書かれている。

職業作家の船暮按は、父の教育(「教育は洗脳だよ」と姉の愛は言う )の影響もありアマチュアリズムに罪悪感を抱いている、という設定で、色々と深読みしてしまう。

編輯者(編集者。作中では パトロンという記述もある)の有奈は、多くの人に伝える役目を自負しつつ作家の今後のキャリアを案じ、正しく評価されるために自傳(自伝)の執筆を提案するが、按には開けたくない箱のような感情があり一旦拒否するものの最終的には受け入れる。

按はアポフェニア的に対象を結び付ける傾向があるようで、執筆に集中するがゆえ、創造の飛躍の範囲を超え行き過ぎてしまう。またある種の感情もぶり返してしまったであろう結果として、初稿が完成するが有奈には否定されてしまう。このシーンで自分は泣きました、ポロポロ‥按は怒り狂って有奈と絶交、ボロボロに。初稿は編輯者 、姉、パートナーに渡していたが、「自分の全部から弾き出されているものを無視して」「勝手」「自分を超えて統一しようとしている」 という反応だった。

父が家を出たのをきっかけに按が日記を書き始めたのが2014年。この小説「(携帯財産改め)携帯遺産」が出版されたのは2032年以降のいつか。作中で按は30歳の誕生日を迎えていて、2031年発表の短編を書いている描写があるので作中の現在は2031年。2031年-2014年=17年、30歳-17年=13歳の時に父と離れたことになる。父と内的な距離を置く前に物理的に離れてしまったため、ある種の感情は剥き出しのまま奥に浮いているような状態なのかもしれない。

また、父の詩を読んだことがないのに良い作品だと思い込んでもいる(打ち上げの席での職業的すぎる有奈とは別の編集者への反論「父は私よりも素晴らしい作品を書いていました」)。一方姉は「やはり父はヘボ詩人だったんだ」と距離を保ってている。

姉は過去にアートをグッズにして販売する仕事をしていた社会的な人格で、結婚出産を経て学びなおしのため大学に通っている。アールブリュットの展覧会を企画した教授の手伝いをしている。教授は父の年齢に近いだろう。

妹に自伝の執筆を勧められた姉は、妹の初稿に傍注を入れる形(編集者となって社会と結びつける手助けをする形 )でそれを行い、初稿は私家版となり病床の母に読み聞かせる。読み聞かせのシーンは度々出てくる。忘れているだけかもしれないが自分の記憶にはない行為だ。これは一般的によくある事なのだろうか? 傘も何度か出てくる。パートナーのウェンディは幾度も按が雨に濡れるのを傘で防いでくれる。手作りの傘には按の作品名が刺繍されていた。

初稿、私家版を経て、第3稿ではタイトルが携帯財産から携帯遺産へと変わる。loueが循環するように。それに作品目録を付けることで、現実が相互乗り入れして作家自身の自伝にもなっているように思った。自分は「初稿」を何十年も作っているようにも思う。

白い鳥

真っ白い鳥がいる、と思って近づいたら、どうやら違っていて、

折り紙かー、鳩が騙されてる、と思ったらそれも違っていて、

ただのゴミでした。

 

ストーナー

ストーナー/ジョン・ウィリアムズ

東江一紀訳
作品社
https://sakuhinsha.com/oversea/25002

ストーナーという一人の人間の幼少期から死の瞬間までの軌跡を丹念に描いた小説。

想像していた内容と違っていたから、途中で後悔しつつも最後まで読んだ。

きっと読み終わったら、「読むんじゃなかった」と思うんだろうなと想像していたけど逆だった。

死の間際の数ページが素晴らしくて、それを描写するのに必要な想像力と実感が伴っていて、当然そこに至る過程があってこそのものなので、苦しくても読んで良かったと心底思えた。

読中、後悔している際に、でも最後まで読もうと思った場面があった。

ある種、離人症のような状態になっていた40代のストーナーが、職場である教官室の窓を開けて冷気を吸い込み、冬の夜の静けさに引き寄せられ幽体離脱のように舞い上がる場面。

アポフェニア(Apophenia)?

先日小説を聞いていて(最近本が読めなくなって朗読を聞くようになりました。)言葉が繋がった(ように思った)ことがあってメモしました。聞いた順番も以下の通りでした。

するとその瞬間である。窓から半身を乗り出してゐた例の娘が、あの霜焼けの手をつとのばして、勢よく左右に振つたと思ふと、忽ち心を躍らすばかり暖な日の色に染まつてゐる蜜柑みかんが凡そ五つ六つ、汽車を見送つた子供たちの上へばらばらと空から降つて来た。私は思はず息を呑んだ。蜜柑/芥川龍之介

都会に働きに出るため列車に乗っていた姉が、列車の進路脇に見送りに来ていた小さな兄弟達に窓から蜜柑を投げる、この部分の色と運動の描写が以前から好きで、久しぶりに聞いて(以前は読んで)みてもやっぱり良いなあと思って、続けて同作者の未読だった「ピアノ」を聞いていたら…

現に或家の崩れた跡には蓋をあけた弓なりのピアノさへ、半ば壁にひしがれたまゝ、つややかに鍵盤を濡らしてゐた。のみならず大小さまざまの譜本もかすかに色づいた藜の中に桃色、水色、薄黄色などの横文字の表紙を濡らしてゐた。ピアノ/芥川龍之介

ある災害後、通りかかった崩れた廃屋にピアノが剥き出しで置かれたままになっており、その付近に落ちていた紙の色についての描写で「色!」と繋がりを感じつつ続きを読むと、

するとピアノはその拍子に忽ちかすかに音を発した。それは殆どわたしの疑惑を叱つたかと思ふ位だつた。しかしわたしは驚かなかつた。のみならず微笑の浮んだのを感じた。ピアノは今も日の光に白じらと鍵盤をひろげてゐた。が、そこにはいつの間にか落ち栗が一つ転がつてゐた。ピアノ/芥川龍之介

後日再び通りかかるとかすかにピアノの音がした、気がした。ポルターガイスト現象のようでありつつ、栗が鍵盤に落ちて鳴った音かもしれないという場面で「蜜柑と栗の落下!!」にまた繋がりを感じました。栗は果物に分類されるので余計にそう感じました。まあ作者が同じですから全然ありえるというか、そういう意図を発見出来た気がしました。だけど別作者の、

その村の対岸にある栗の木の多い低い山へ攀よじのぼり、その上方の斜面に腰を下ろした。そこで私は何時間も、明るい、静かな気分で、これから手を着けようとしている物語の構想に耽ふけっていた。ときおり私の足もとの方で、思い出したように、子供等が栗の木をゆすぶって一どきに栗の実を落す、その谿たにじゅうに響きわたるような大きな音に愕おどろかされながら……風立ちぬ/堀辰雄

この場面の前にも栗に関する記述があり、それは死と結び付けられていました。重要なモチーフとして出現した「栗!!!」に驚きつつ、その後の「落下と音!!!!」の記述で興奮したような感じになりました。

「あら、又、栗が落ちた……」彼女は目を細目に明けて私を見ながら、そう囁ささやいた。
「ああ、あれは栗だったのかい。……あいつのお蔭でおれはさっき目を覚ましてしまったのだ」風立ちぬ/堀辰雄

全く意図せず適当に選んで再生した物語が繋がりを持ったことに驚きました。こういうのって言葉にするとなんと言うのでしょうか?調べてみたら以下が近そうでした。

アポフェニア(英: apophenia)とは、無作為あるいは無意味な情報の中から、規則性や関連性を見出す知覚作用のことである。少数の法則とも。1958年にドイツ人の心理学者クラウス・コンラッドが統合失調症の前駆症状を詳細に記述し、患者が最初に妄想を経験したという事実を反映するために、(ギリシャ語のapo [離れた場所] + phaenein)新語を作り出した。ウィキペディア

まあ、こういうのって妄想ですよね。今は冷静になっています。でも、ある言葉が引き金になって、自分の中の何かに作用するのって面白いと思います。

 

新曲「祈りの言葉の意味は知らない」の公開と2025年のリリース

今年は7月に弾き語り編成の小さなアルバム「幾つかの世界、一つの物語」をリリースしました。

その後、8月にパンペイユ名義で2022年にリリースした2曲を新たにミックスしてEP「かつて存在していたかもしれないバンドのデモ」に追加しました。

そして本日、パンペイユ名義の新曲「祈りの言葉の意味は知らない」を公開しました。


幾つかの世界、一つの物語」の前半2曲は歌で、後半3曲は即興に近い形でメロディーを歌ったものです。

「祈りの言葉の意味は知らない」は冒頭のリフにメロディーをのせるのに時間がかかりました。歌詞の後半ではこの曲の成り立ちについても歌っています。右チャンネルのギターとメインのボーカルを録った後に、もう1本のギターと部分的にダブルになっているボーカルを追加しました。

「幾つかの‥」も「祈りの‥」も歌詞が大切で、バンドキャンプのlyricsってところから読めます。

これらで使ったマイクはSM58(Shure)、ギターはいずれもLP400 Flame Top(PLAYTECH)、歪のペダルはSuper Over Drive(Boss)です。

「幾つかの‥」では絵も書きました。

「かつて存在していたかもしれないバンドのデモ」の新しいミックス

バンペイユの「かつて存在していたかもしれないバンドのデモ」に、新たにミックスしたものを2曲追加しました。他のバージョンはボーナストラックにしました。購入済みの方は、追加料金なしでダウンロード&ストリーミングできます。近々新曲も追加しようと思います。

先日リリースしたEP「幾つかの世界、一つの物語」については、後日何か書く予定です。

今日の海が何色でも/パティパン・ブンタリク

日記の代わりに。


映画、今日の海が何色でも/パティパン・ブンタリク
Movie, Solids by the Seashore / Patiparn Boontarig

https://movie.foggycinema.com/kyounoumi/

仏教国タイの南端、イスラム文化が息づくマレーシアとの国境の街、ソンクラー。かつて美しい砂浜があったが、高潮によって侵食され、現在は護岸用の人工の岩に置き換えられている。そこで二人の若い女性が出会う。シャティは保守的な家庭に生まれた地元のイスラム教徒。フォンは活動家からビジュアルアーティストに転身し、美術展のために街に来た。

お互いを深く知れば知るほど惹かれ合う二人。同性関係を禁じる伝統のもとで生きてきたシャティは内なる葛藤の波に飲み込まれていく。恐怖と欲望の板挟みになった彼女は、亡くなった最愛の祖母が語った幼少期の古い教訓の物語を思い出す。
シャティの前に、祖母の物語にある奇妙な異世界の出来事が次第に起こり始め・・・。
シャティは自分自身の道を切り開く決意をし、自分が何者であるかを受け入れていく。

瑞々しい(海の映像が多く文字通り水水しいのですが、勿論そういう意味ではなく)表現が染み込んできて、後半のあるシーンで自分の体内の水分がリンクして溢れ出てきました。観て良かったなー映画館に来て良かったなーと思いました。

The lush (many images of the sea are literally watery, but of course that is not what I meant) expressions soaked in, and in one scene in the latter half, the water in my own body linked up and overflowed. I was glad to have seen it – I was glad to have come to the movie theater.

この世の喜びよ/井戸川射子、ピュシスについて/毛利悠子

また、あっという間に1年が終わりました。

昨日からバイトでした。

例年、冬期休暇明けは「休みがあっという間に終わってしまった!」と思うのですが、今回は休暇前から「あっという間に終わるに決まっている!」と強く意識していたので思わずにすみました。

年の始まりあるあるですが「今年は日記をつけよう!」と思いました。

日記は無理でも記録ならできるかもしれないので、印象深かったり、面白かったりしたものを残しておこうと思います。

Another year has come to an end in a flash.

I started my part-time job yesterday.

Usually, after the winter vacation, I think, “The vacation is over in a flash! but this time, I was very aware even before the vacation that “It must be over in the blink of an eye! I was very aware of this before the vacation, so I didn’t think about it this time.

As is typical at the beginning of a year, I thought, “Let’s keep a diary this year! I thought, “I can’t keep a diary, but I can keep a record.

Even if I can’t keep a diary, I might be able to keep a record, so I’ll try to record things that made an impression on me or that I found interesting.

Translated with DeepL.com (free version)


小説、この世の喜びよ/井戸川射子
Novel, Joy of the World / Iko Idogawa

https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000398190

思い出すことは、世界に出会い直すこと。
静かな感動を呼ぶ傑作小説集。

娘たちが幼い頃、よく一緒に過ごした近所のショッピングセンター。その喪服売り場で働く「あなた」は、フードコートの常連の少女と知り合う。言葉にならない感情を呼びさましていく芥川賞受賞作「この世の喜びよ」をはじめとした作品集。

ほかに、ハウスメーカーの建売住宅にひとり体験宿泊する主婦を描く「マイホーム」、父子連れのキャンプに叔父と参加した少年が主人公の「キャンプ」を収録。

最初の小説集『ここはとても速い川』が、キノベス!2022年10位、野間文芸新人賞受賞。注目の新鋭がはなつ、待望の第二小説集。

二人の目にはきっと、あなたの知らない景色が広がっている。あなたは頷いた。こうして分からなかった言葉があっても、聞き返さないようになっていく。(表題作「この世の喜びよ」より)

読後にじんわりとした温かみが続いています。在りそうで無いというか、こんな風に小説が成立していて、これを読む前と後ではほんの少し世界が違ってしまうような。映画にしたらどんな風になるだろうと想像しました。

A warm feeling lingers after reading this book. It seems unlikely, or perhaps not, that a novel could be written in such a way that the world would be just a little different before and after reading it. I imagined what it would be like if it were made into a movie.


展覧会、ピュシスについて/毛利悠子
Exhibition, On Physis / Yuko Mohri

https://www.artizon.museum/exhibition_sp/js_mohriyuko/

アーティゾン美術館では、2020年の開館以来、石橋財団コレクションとアーティストとの共演、「ジャム・セッション」展を毎年開催しています。第5回目となる本展は、国際的なアートシーンで注目を集めるアーティスト、毛利悠子を迎えます。

毛利は、主にインスタレーションや彫刻を通じて、磁力や電流、空気や埃、水や温度といった、ある特定の空間が潜在的に有する流れや変化する事象に形を与え、立ち会った人々の新たな知覚の回路を開く試みを行っています。

本展タイトルに含まれる「ピュシス」は、通例「自然」あるいは「本性」と訳される古代ギリシア語です。今日の哲学にまで至る「万物の始原=原理とはなにか」という問いを生み出した初期ギリシア哲学では、「ピュシス」が中心的考察対象となっていました。当時の著作は断片でしか残されていませんが、『ピュシス=自然について』と後世に名称を与えられ、生成、変化、消滅といった運動に本性を見いだす哲学者たちの思索が伝えられています。絶えず変化するみずみずしい動静として世界を捉える彼らの姿勢は、毛利のそれと重ねてみることができます。

毛利の国内初大規模展覧会である本展では、新・旧作品とともに、作家の視点から選ばれた石橋財団コレクションと並べることで、ここでしか体感できない微細な音や動きで満たされた静謐でいて有機的な空間に来場者をいざないます。

会場に入った途端、わくわくして興奮しました。最近感情が動くことがなかったので嬉しかったです。おもちゃ箱をひっくり返したように、ワンフロワーに作品が並んでいて洒落ていて格好良くて。以前観たことがあった作品も、何故か生き生きしているようでした。古い他者の作品と並んでいるのも良かった。

As soon as I entered the venue, I was excited and thrilled. I was happy because I had not had any emotional experiences recently. It was as if a toy box had been turned upside down, and the works were lined up on one floor, looking stylish and cool. Some of the works I had seen before somehow seemed to come alive. It was also nice to see them side by side with old works by others.