携帯遺産
鈴木 結生 著
発売日:2025年6月6日
四六判上製 208ページ
https://publications.asahi.com/product/25379.html
冒頭、“ラブ” はloueと書かれていて、loveと書かない理由が2つ提示されている。また愛と書かない理由も‥loueと書くために注意が払われていて、読者に不要な違和感を与えないようにしている。そんな調子で細部まで目を配った上で要素を結びつけている。姉の名前が愛なのはloueと書くためだろう、と思う。
最後のページの後のページを見つけて驚いた!曖昧な理解がたくさんあったと気付いた。というのも仕方なくて、一度目は本ではなくオーディブルで聞いたのです。それ(後のページ)は省略されていたし、章ごとの冒頭の絵も当然無く、賽子の目も。だから二度目、単行本で読んだ時は声が出ました!おー!そしてすごく納得!
ページはThe New England Primer・双六の時間で進むけど、平面ではなくて立体的に、それこそPrayer nutのように‥折り畳めば向かい合うように、そして感情も動かして‥というような、そういう丁寧な姿勢が仄かに温かい文章になっていて‥単にパズルというわけではなく‥素晴らしい小説でした。
知的参照の多い話題に、自分の文学的素養では追い付けないがゆえに、読書中は都度何度も調べながら読んでそれも面白かった。 この本は他の本も好きになるように書かれている。
職業作家の船暮按は、父の教育(「教育は洗脳だよ」と姉の愛は言う )の影響もありアマチュアリズムに罪悪感を抱いている、という設定で、色々と深読みしてしまう。
編輯者(編集者。作中では パトロンという記述もある)の有奈は、多くの人に伝える役目を自負しつつ作家の今後のキャリアを案じ、正しく評価されるために自傳(自伝)の執筆を提案するが、按には開けたくない箱のような感情があり一旦拒否するものの最終的には受け入れる。
按はアポフェニア的に対象を結び付ける傾向があるようで、執筆に集中するがゆえ、創造の飛躍の範囲を超え行き過ぎてしまう。またある種の感情もぶり返してしまったであろう結果として、初稿が完成するが有奈には否定されてしまう。このシーンで自分は泣きました、ポロポロ‥按は怒り狂って有奈と絶交、ボロボロに。初稿は編輯者 、姉、パートナーに渡していたが、「自分の全部から弾き出されているものを無視して」「勝手」「自分を超えて統一しようとしている」 という反応だった。
父が家を出たのをきっかけに按が日記を書き始めたのが2014年。この小説「(携帯財産改め)携帯遺産」が出版されたのは2032年以降のいつか。作中で按は30歳の誕生日を迎えていて、2031年発表の短編を書いている描写があるので作中の現在は2031年。2031年-2014年=17年、30歳-17年=13歳の時に父と離れたことになる。父と内的な距離を置く前に物理的に離れてしまったため、ある種の感情は剥き出しのまま奥に浮いているような状態なのかもしれない。
また、父の詩を読んだことがないのに良い作品だと思い込んでもいる(打ち上げの席での職業的すぎる有奈とは別の編集者への反論「父は私よりも素晴らしい作品を書いていました」)。一方姉は「やはり父はヘボ詩人だったんだ」と距離を保ってている。
姉は過去にアートをグッズにして販売する仕事をしていた社会的な人格で、結婚出産を経て学びなおしのため大学に通っている。アールブリュットの展覧会を企画した教授の手伝いをしている。教授は父の年齢に近いだろう。
妹に自伝の執筆を勧められた姉は、妹の初稿に傍注を入れる形(編集者となって社会と結びつける手助けをする形 )でそれを行い、初稿は私家版となり病床の母に読み聞かせる。読み聞かせのシーンは度々出てくる。忘れているだけかもしれないが自分の記憶にはない行為だ。これは一般的によくある事なのだろうか? 傘も何度か出てくる。パートナーのウェンディは幾度も按が雨に濡れるのを傘で防いでくれる。手作りの傘には按の作品名が刺繍されていた。
初稿、私家版を経て、第3稿ではタイトルが携帯財産から携帯遺産へと変わる。loueが循環するように。それに作品目録を付けることで、現実が相互乗り入れして作家自身の自伝にもなっているように思った。自分は「初稿」を何十年も作っているようにも思う。










