幻の歌手/The singer of phantom


 起きてすぐ戸棚からMDを引っ張り出した。背にメノウと書かれた3枚のディスク。夢にでも見たのか、と不思議に思いながら、同じく引っ張り出したポータブルプレイヤーを慌ててミキサーに繋ぐ。

“そっと胴長の猫が目の前を歩き下を尖らせて足裏を舐める”
“熱い身体の火照りは少しずつさめて、どこに隠れてたこの平坦な乾いた砂地は”
“夜は降る降るブルーの砂漠の上、月も星もなくてただ夜だけが降る”
“今夜思い出したように風鈴は揺れる、どこの家からか水屋のざわめき、遠くで微かに疲れたようなパトカーのサイレン”
“今夜降る降るブルーの瞼の上、月も星もなくてただ夜だけが降る”

夜は降る – 眼膿

 この歌を聴く度に思い出す木造アパートの一室。窓を開けると小さな土だけの庭。夜明け前部屋を出て駅へ歩いた記憶。
 家主はこの曲の作者で、友人というよりは先輩、年齢も6〜7歳上だったと思う。当時何度もライブへ通った。
 ある日、彼はギターを置いて東北へ行ってしまった。

 録音は1996〜99年頃。記憶が正しければ最後のライブは1999年で、3枚目のMDはその日客席で自分が録ったものだ。

 アルバムのリリースはなく、活動時期もインターネットが普及する前であったため、メディアにもネットにも情報はない。録音されたものを持っているのは数人だろうと思う。3枚のMD、5日分のライブ、次に聴くのはいつだ。